いったい桜という植物は、あの無骨で荒々しい幹のどこに、あんなに清楚で可憐な花の精を隠し持っているのだろう。枝でなく、真っ黒い怪物の腕のような太い幹から、我慢できないかのようにぴょんと飛び出している薄紅色の塊を見つけると、その不思議なアンバランスに、いつも思わず笑ってしまう

今年も、その桜がいよいよ満開となる。わが家近くの目黒川も、花見の人たちでごった返してきた。近年、目黒川の桜は、川の水をすくい取らんばかりに岸から下方に落ち込んだ枝ぶりがすっかり有名になってしまって、中目黒の駅周辺はこの季節、いっぱしの観光名所となる。昔とはちがう、満員電車のような川べりを歩くと、なんだか、自分だけの隠れ家が見つかってしまったようで悔しくて、僕は意味もなく「ふん」と鼻を鳴らしてしまうのだ。

人をかき分けつつ、長年慣れ親しんだ風景を、アベックの肩越しに覗き込むと、まだつぼみがずいぶんついているのでほっとしたけど、いい咲き具合になってきたころに、必ずいじわるな雨か嵐が来るので油断はできない。つぼみが開き始めると同時にいつも心穏やかでいられなくなるのは毎度のことだけど、今年は、はたしていつまで咲いていてくれるのだろうか。

桜は、もちろん眺めるのもいいけど、実は、僕は花びらに直接触るのが好きだ。それも、咲いている花じゃなくて、散って地面に落ちたやつをいじりたい。だから僕にとっての桜の佳境は、満開時ではなく、そのあと、散った花びらで川面が覆われ、花筏となるころなのだ。

道端に大量の桜の吹き溜まりができると、僕はいそいそと出かけて、そこに手を突っ込むのである。ビロードのような、少しぬめっとした感触を楽しみながら、花びらをもてあそぶ。娘たちがまだ小さいころは、僕はこれに飽きると、今度は閉じた傘の中に花びらを大量に入れ、、橋の上から「花吹雪~」と、それを開いて遊ぶ。そうすると、まるで大仕掛けの芝居の舞台のように、一瞬空中に留まったピンク色の花たちが、次の瞬間、広がりながらくるくると川に吸い込まれていく。子供は大喜びだが、なんのことはない、子供をだしに自分が楽しんでいるのである。

そして、そんな楽しい思い出の他にもう一つ、この時期目黒川を通ると必ず思い出す事がある。

金魚の「まみ君」だ。

もう十数年前、幼い娘が町内のお祭りで金魚すくいをして取ってきた中の一匹で、他の金魚が弱って次々といなくなっていく中、最後まで生き残ったものに、娘たちがなぜだかそんな変った名前をつけた。そして結局彼女?はそれから7年も生きたのである。途中、何回もこれは危ないな、という場面もあったが、その都度、コンビニでミネラルたっぷりの天然水を買ってきては、水温を手で調節してから洗面器に入れ、エアポンプの先端を底に沈めてから「まみ君」をそこに入院させた。たいがいはそれで元気を回復していたのだが、7年目の春、とうとう「まみ君」は「入院」の甲斐なく逝ってしまった。

物心ついたころからまみ君と一緒に育った下の娘は、「まみ君、死んじゃった」と僕がぽつりとつぶやくと、上を向いて大声で泣いた。そして、思い出多きそのなきがらを、当時、まだ人影もまばらだった目黒川に流すことにしたのである。

小学校低学年だった二人の娘たちと、夕日の落ちる橋の上から「さよなら、まみ君」と、手のひらから静かに「彼女」を目黒川に滑り落とし、その小さな体が水に沈んだのを確認して家に戻ろうとした、まさにその時、「まみ君が泳いでる!」と、娘たちが叫んだ。

「まさか」と僕はすぐにUターンして娘たちの頭越しに身を乗り出して覗き込むと、まみ君は体を真っ直ぐにして川下に向かっているところだった。「なんで?まだ生きていた?」とわが目を疑ったが、すぐにそれは川底のブロックの隙間に、背びれを上にしてはまったまみ君が、単に流されているのだとわかった。娘たちもすぐに勘違いに気付いたようだったが、そのオレンジ色の鱗を夕日にきらりと反射させて遠ざかっていくまみ君を見ながら、もう誰も何もしゃべらなかった。

まみ君は花筏に乗って、たくさんの桜たちに見送られながらしだいに見えなくなった。僕はその時、まみ君がやがて海にたどり着き、家の小さい水槽ではなく、無限の大海原を楽しそうに泳いでいる姿がはっきりと目に浮かんだのである。

僕たちは橋の欄干にもたれながら、暗くなり始めた川面をしばらくの間見つめていた。

それからしばらくして、目黒川は桜の名所として人に知られるようになり、シーズンとなると、橋の欄干にも近づけないほど、にぎわうようになった。

娘たちも、今では、すっかり大きくなって、僕の花遊びにはもう付き合ってはくれないけれど、家にはしっかりと、二代目「まみ君」があの頃と同じ水槽で、初めての春を迎えているのである。

2015/3/28