夕方、駅を降りた瞬間、にぎやかな太鼓や笛の音が聞こえてきた。

すぐに中目黒駅で毎年恒例で開かれる夏祭りとわかると、途端に僕の胸は高鳴った。

はしゃいでいると思われると恥ずかしいので、まわりの人に気付かれないよう、なにくわぬ顔をして、早足で

階段を駆け下りると次第に聞きなれたお囃子が大きくなってくる。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、踊るあほうに見るあほう~、同じあほならおどらにゃそんそん~」

そう、みなさんよく御存じの「阿波踊り」だ。

改札を出るとそこいら中にはっぴや着物を着た人たちがいる。

夏の夕刻、生暖かい風に吹かれてこういう風景を見ると何だかそわそわしてしまう。

「このままじゃいかん」という気になる。「なんとかせんと」と思う。

さっそく音のする方へこれまた早足で進んでみると、線路わきのガードに沿った狭い飲み屋街を、2~30人ごとの

「連」と呼ばれるグループが踊り隊と演奏隊とにわかれて踊り進んでいるところだった。

観客はすでに、踊り子たちとぶつかりそうになるくらい狭いところに陣取って見物しているので、

僕のような一般人がそこを通り抜けるのは大変だ。

200メートルくらいの長さを、をそれぞれの「連」が順番に踊りと演奏を競って行進するので、「連」と「連」の

合い間を進むしかない。

そんな状況にもかかわらず、僕は勇猛にも(迷惑を顧みず)観客の合間をぬってコンビニに入ると、ビールを一

本買った。

祭りには酒は欠かせない(祭りには、という部分はいらないんじゃないの、というツッコミはい

れないように)

「なんとかせんと」と思った気持ちの整理はついたので、混んでいる店内から表に出ると、さっそく勇猛に(待

ちきれず)プルトップを開け、糖質ゼロビールを喉に流し込む。

その間にも、色とりどりの着物に身を包んだ踊り手たちが次々に目の前を通り過ぎていく。

チャンカチャンカという金物の鳴り物に、笛、太鼓がからむ。

跳ねるようなリズムに体中の血が熱くなってゆく。

そして、ぼくは毎年これを見るたび、泣きそうになるのだ。

血沸き肉躍る、というのだろうか。日本人である自分の血が、懐かしがり、喜んでるのがわかる。

半月の形をした笠で恥じるように顔を隠し、下駄をはいて女踊りを舞う女性たちのなんとあでやかなことか。

腰を落として腕を勢いよくまわし、さっそうと歌い踊る男たちのなんとかっこいいことか。

いとおしい。

いとおしくて涙がでる。

美しい。

美しくて涙がでる。

そして、けなげで涙が出るのだ。

人それぞれ、人生で背負っているものはちがう。でも今日という日はそれをほんの一時、かたわらに置いて、

皆一心に踊り、歌う。

「みんな同じなんだから踊らないとそんだよ」、と歌い踊る。

そのけなげさに泣けてくる。

そしてかつての日本の景色が、大昔から変わらぬ夕焼けと共に、現代の中目黒に重なってよみがえる。

お祭りがあると、熱を出した時のように、なにも考えられずにぼーっとなっていた、かつてのこころを

取り戻す。

僕は涙を必死でこらえながら、ジャズでいいプレイをしたときにプレイヤーにむかって発する「Yeah」という

符丁を、次から次へと来る「連」たちにむかって小声で何度も何度も口ずさんだ。

ビールを飲み終え、最後の「連」が行ってしまうと周りはすっかり暗くなっていた。

子供のころ、お祭りの後はこころにスッポリと穴が開いたように悲しくなったことを思い出しながら、また大人

に戻ってしまった僕は別段悲しくもならず、いつの間にか、いつもの自分に戻っていた。

駅から離れていくにつれて最後の「連」のお囃子がだんだん遠のいて、やがてとまると、今まで気付かなかっ

た蝉の声がお囃子の代わりに僕を包む。

 

祭りの余韻を惜しむようなその音を聞きながら、僕は少しだけ疲れていた。